さくらすく│バレンタインは恋の味

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バレンタインは恋の味

 今年も一年に一度しかないイベントがやってきた。甘い物が好物なら苦だと感じないだろうが、甘い物どころかチョコレートそのものに興味がなかったら、どうだろうか。
「御堂さん、それ食べないのなら俺にください」
 定時から一時間が経ち、残業で残っていた社員に戸締まりを任せて佐伯とともに御堂は、エレベーターホールに立っていた。
 今日は、バレンタインで女性社員たちが有名なチョコレート店のチョコを男性社員に渡していた。義理チョコでももらえれば嬉しいようで、夕方まで社内は浮かれた男性社員が目立っているようだった。
 だが、御堂は違う。気持ちだけ受け取っておこうと言うまえに佐伯に阻止され、仕方なく受け取り、可愛らしくラッピングされた箱を持て余していた。
 ラッピングに使われた紙と同じ色の紙袋とそれを持った佐伯を交互にみる。
「どうするつもりだ」
 待っていたエレベーターが来てゆっくりと扉をあける。まわりにいた数人のどこかの社員とともにエレベーターへと乗り込んだ。
「本多に渡すだけですよ。持っていても俺も食べないので。食べてもらえるところへ持っていった方がいいかと思いまして」
 Acquire Associationの社員が乗っていないことをいいことに、佐伯は話しを進める。
 貰ったチョコをどうしようが勝手だが、渡した女性社員たちがこの話を聞いたら気の毒である。しかし、御堂もチョコを食べたいとは思っていなかった。
「確かにそうだな。それなら私もついて行こう。帰りに夕食でも食べて帰らないか?」
 佐伯の意見に賛成して、上着の内ポケット入れていた小さな箱を取り出して、佐伯が持っていた紙袋へといれる。
「構いませんよ。御堂さんが食べたいものでいいので、考えておいてください」
 季節的なイベント行事を派手に祝うつもりはなくても、まわりの空気に当てられてなんとなく外食がしたくなった。
 今夜は、着飾ったフレンチよりもイタ飯な気分だ。それに久しぶりにイタリアワインも飲みたい。
 降下していくエレベーターは途中、数回人を乗せて一階へと降りていった。エレベーターの扉が開いて、ビルのエントランスホールへと人が吸い寄せられていく。
 外は、すでに陽が落ちて暗い空が広がっていた。街頭や行き交う車のライト、残業している会社のオフィスからこぼれる光の暖かさで、暮れた空を寂しくさせない。
 道路は車の混雑がピークを終えたころだったのか渋滞はないようだ。大通りへと抜ける道路も混雑はしていないように見える。
 外へでる予定もなかった御堂は防寒などなく、ちらりとコートとマフラーを巻いた佐伯をみて羨んだ。その視線に気づいたかのように、佐伯は無言で巻いていたマフラーを外して御堂に渡す。
 佐伯の残り香が残るマフラーを受けとり、すぐにマフラーを巻いた。
 歩く速さを合わせてタクシー乗り場へと向かって歩いていると、見覚えのある顔がみえた。一瞬にして眉間に皺が寄り御堂の顔がくもる。
 赤い眼鏡が知性的な顔立ちにさせ、落ち着いたスーツの色がさらにその男の印象を強くさせる。一度みたら忘れないといった印象を持たせる。
 歩いている足が、鉛のように重くなった。
「おや、これはこれは。ふたり仲良くお揃いで。久しぶりだね、克哉くん」
 聞き取れるほどの声の大きさで皮肉も含んだあいさつが聞こえたが、歩くスピードは変わらないままその男の横を通り過ぎた。
 素知らぬ顔で佐伯はタクシー乗り場へ行こうとしている。まったく相手にしようとしない。
 そんな態度をとられて腹にきたのか、後ろから罵倒が聞こえた。その声に驚いて、御堂は振り返り足が止まりそうになった。
「なんだか怒っているようだが、あのままでいいのか?」
「相手にするだけ時間の無駄だ。タクシーに乗るまで、手を離さないでいてください」
 止まりそうになっている御堂を手を引いて佐伯は急ぎだす。いつの間にか握られていた手に、くもっていた顔が一気に晴れていく。現金な自分に笑いそうになる。
 冷たい手で握られており、冷たくても佐伯の優しさが手をとおして伝わってきそうだ。
 まだ行き交う人の数が多く、男同士で手を繋いでいても気づかれない。
 タクシー乗り場へ辿り着いて、最後尾の列に並んで順番をまつ。振り切れているか不安になり、御堂は後ろを振り返った。
「後ろからついて来ているんだが、どうするつもりだ。このままだと本多くんに迷惑がかかるかも知れなくなるぞ」
 チラリと後ろを横目でみやり、不安げな眼差しで佐伯をみた。
 不機嫌な色が佐伯から漂い、目的を忘れているようにもみえる。
 苛立ちを隠すように舌打ちした佐伯は、いきなり顔を近づけてきた。キスができるほどの近距離で思わず、御堂は顔をわずかに傾けてしまう。
「馬鹿者、こんな子ども騙しで引っ掛かるわけないじゃないか」
 冷静さを取り戻して御堂は佐伯を剥がす。その一部始終をみていた御堂の後ろで並ぶ客が、訝しんでくるのを内心ヒヤヒヤしていた。
 タクシーを待つ列は、すぐに御堂たちを最前列にさせて数分と待たずにタクシーがやってきて、それに乗り込んだ。
 後ろばかりを気にしていた御堂は、行き先を言いそびれた。
 タクシーが信号に捕まり止まると、ようやくそこで握られていた手が離されていないことに気づいた。しっかりと握られた手は熱をもち暖かい。力を入れて握ってみると、握り替えされてくすぐったくてもどかしくなる。
 このまま二人で逃亡するのも悪くなかった。
 だが御堂の思いとは裏腹に、タクシーはすぐに目的地付近についた。タクシー代を払って、タクシーを降りた。
 まだそわそわと落ち着かない御堂をおいて、佐伯はまた腕を引っ張って歩きはじめた。キクチマーケティングとは間逆の方角へと進んでいく。
「待て、そっちは違うぞ」
 力任せに手を引っ張られながらビルが立ち並ぶ通りを歩き、人通りが少なくなっていくのを不安になりながら焦って言う。
 街灯の灯りだけが頼りで、何処を歩いているのかわからなくなってきた。佐伯に引っ張られるがまま、数十分が経とうとしていた。
 口を閉ざしたままの佐伯を無視することができなくて、どこかのビルの角を曲がったところで名前を呼んだ。
「佐伯」
 掴まれていた手を勢いよく腕を振って離す。ジンと痺れるような感覚が手に残る。
 誰もいないことを理由に、足を止めて御堂は佐伯の背中に視線を向けた。暗い夜道でもはっきりと佐伯の機嫌が悪いことだけを、張り詰めた空気が教えてくれた。
「まだ後ろに居たんですよ。昔のこととはいえ、流石に追い回されると気分が悪い」
 震えるような声が聞こえた。ゆっくりと重い口をあけて話しだす佐伯に耳を傾ける。
 澤村のことを佐伯がよく思っていないことを一番知っているのは、御堂だけだ。佐伯が言わんとしていることも、なんとなくでもわかる。
 一呼吸おいて、佐伯は御堂をみた。
 逃げだしたことを悔いているような顔で佐伯は目を伏せようとして、御堂は思わず笑った。こんなにも人間らしい表情をするのはプライベートでも数少ない。
 たったそれだけが、笑えたのだ。
「なにを笑っている」
「すまない。君がそんなことを言うとは思ってもいなかった。予定を変更してこのままホテルでもどうだ?」
 ひとしきり笑いおえてから謝った。
 愛しくてたまらない年下の恋人が可愛くて気持ちが収まらなくなる。
「これどうするんですか」
 手提げを見せながら佐伯は困惑している。考えが思いつかないようだ。そんな佐伯に御堂は提案した。
「直接渡さずともいいじゃないか。荷物として送っておきたまえ。私は今、君と楽しみたい」
 眼鏡の奥の瞳が丸くなっていくのを、御堂は見逃さなかった。
「あんたって人は……とんだ天の邪鬼ですね」
「そんな私に惚れているのは、一体どこの誰なんだ。はっきり言えるのか?」
 連れ回した罰とばかりに、とどめの一発を言う。
 驚愕して言葉をなくしていた佐伯から力が抜けていく。そして手提げを持ったまま両手を上げて降参してきたのだ。
 その姿に御堂は見入り口が弧を描いていたが、すぐに体中の熱が顔に集まりだすことになる。
「まいりましたよ。貴方には負けました。ですが、ずっとエロい匂いさせすぎだ。少しは抑えてくれ」
 今までずっと黙っていたかのような口振りとふてぶてしい態度で告げられ、心臓が跳ね上がりそうになった。手を握られただけで浮かれていたことを突きつけられているようにも聞こえて、耳が熱い。
 少しずつ視線が落ちていく。
 冷たい夜風が赤らめた頬にあたり、今だけは御堂の味方についた。
 今夜は一年の中で、一番熱くて濃密で甘く体中が蕩けるような夜になりそうだ。



Fin
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