さくらすく│Honey×Honey

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Honey×Honey

 平日のロイドの店内と打って変わり、客の顔が休日となれば、異なる。静かな朝を満喫したい人が足を運ばせ、午前中は平日よりも忙しい。
 注文をとっては、注文された品を運んだり、会計やテーブルのセッティングなど店の中を駆けずり回る。
 しかし、ほどなくすれば満員御礼から客足が遠退き、いつもの見慣れた風景に戻る。
 そして一段落がつくと、洗った食器を棚へ戻すのが太一の日課となっていた。
 カウンターの中は、この喫茶店のマスターでもある太一の父親がエプロンを脱いでいるところだ。父親が店の奥へ休憩に行くのを横目で見ながら、太一は流し台で手を洗う。
 八月にはいり夏本番を迎えた。自然と冷房の設定温度が下がり気味になる。父親の目を盗んで寒くない程度の温度にまで温度を下げて涼むのが、太一の至福の時だ。
 まだ客は二、三人いるが、注文した品は運んである。また注文をとられない限り、太一もカウンターの席に座って休むことができた。
 手を洗い終わりタオルで手を拭いていると客を知らせるドアベルが鳴り、「いらっしゃいませ」と太一は明るく呼びかけた。
 だが、一瞬目を疑った。
 入ってきた客の姿に目が奪われ、中へ案内するのを忘れて呆ける。男としてはファッションにも気を遣い、高そうな時計が腕に填められていた。
 こんな町外れの喫茶店よりも、もっと洒落たカフェや落ち着きがあるカフェテラスが合いそうな、見るからに高級感に溢れた男が無言で入ってくる。
 気温が上昇している時間帯に、汗をひとつもかいていない。それどころか涼しい顔で歩いている。
 夏らしく淡いオレンジ色の半袖のシャツに、身長に見合ったパンツ。裾を折り曲げて素足のサンダルを出している。見た目だけをみれば、まだ二十代後半にもみえた。
 案内もしない太一をよそに、カウンターの席にその男は座った。
「アレ……? 今日仕事じゃないの?」
 ようやく止まっていた思考が動き出した。しかし接客とは程遠い内容に、カウンターに座った男は、小さく溜息をついた。
 カウンターの中から水とおしぼりをトレイに乗せてカウンターへと太一はまわる。
「カレンダーを見たまえ。今日は土曜だ」
 カウンターに備えつけてあったメニュー表を見たまま興味がなさそうに話す。
 そんな態度にさえ太一はめげず、持ってきたおしぼりと水をテーブルに置く。
 この男、あのMGNで飲料水の企画開発部の部長をしている。最近は仕事が忙しく声はおろか、太一に顔さえも合わしていなかった。
 好きだと告白したが、返事はまだ貰っていない。なくても太一と会う機会を設けるなど、太一に好意を持っている素振りをみせていた。
 久しぶりに合う恋人の姿。スーツ姿しか見たとがない太一には、私服が眩しく映る。
 それだけに太一の声がいつもより弾む。
「だっていつも土日は、仕事でデートも出来ないって言ってたじゃないッスか。オレ、御堂さんとデートしたいのに予定がいっつも合わないし」
 メニュー表から一向に顔を上げない御堂に焦れったくなる。持っていたトレイをテーブルに置いて、その上に手をついて体を支えた。
 こうしてダラダラと接客していても、今はあの父親がいないから怒られる心配もない。だから、ちょっとだけ怠けていても責められはしない。
「ねぇ、今からデートに行かない?」
「君のバイトが終わってからだ」
「えー、今すぐ行きたいのに。ケチ」
「アイスコーヒーをもらおうか」
 メニュー表を元の場所へ戻し、ちらりと隣にいる太一を見やる。
 たったそれだけの仕草に、太一は生唾を飲んだ。そして一歩遅れて「アイスコーヒーね、了解」と言い残しカウンターの中へと消えた。
 逸る気持ちを抑えアイスコーヒーを作る。珈琲を氷らせただけの氷を冷凍室より取り出して、適量をコップの中へ入れる。挽いたばかりの豆で作ったアイスコーヒーを冷蔵庫から出すと、氷が入ったコップへと注ぐ。
 本来ならこれで出来上がりだが、太一はまわりを見渡してあるものを探すとそれをアイスコーヒーの中へ入れて、細いスティック状の棒でかき混ぜた。
 トレイにアイスコーヒーとストローを乗せて御堂のところへ持って行く。
「お待たせしました。太一くん特製の愛情たっぷりのアイスコーヒーになります。冷たいうちに飲むことをオススメしまーす」
 テーブルにストローとアイスコーヒーを置いて、片目を瞑ってウィンクを御堂に飛ばす。
「君は、他の客にもそんな態度なのか」
 しれっとした態度で御堂に受け流され、一線置かれていると気づく。
 そして急に寂しさがやってきた。なんとか表情に出さないよう作った笑みを浮かばせて笑ってみせる。
「そんなわけないって。御堂さんが来てくれたってだけで、超嬉しいんスから」
 アイスコーヒーに目もくれず、鋭い眼差しで御堂に覗き込まれる。居た溜まれなくなり、視線を逸らそうと目を泳がす。
 いきなりバイト先へ現れたかと思ったら、こんな客と店員とのつまらない会話をするだけで、他の客と同様に御堂も涼みにきただけだ。
 せっかく来てくれたとテンションが上がったのに一気に急降下していく。
 場が持たなくなるのを察したのか、ドアベルが鳴り響く。そして数人の客が店内へと流れるように入ってきた。今きた客を見て明るく呼び込み、太一は持ち場へと戻った。



 客足が落ち着くのを待ってから、太一はようやく休憩をとることができた。遅い昼食を奥の部屋で食べようとしたが、喉に入っていかない。
 食べる気になれず、ペットボトルのスポーツ飲料水を口に流し込んだ。店内へ戻るのが億劫になり、壁にもたれ掛かって時間を過ぎるのを待つ。
 まだ店内には、御堂が座っていた。
 昼をまわっても帰る気配がなく、ずっと居座っていた。何をしているかまでは、見ていない。
 こんな長い時間どう過ごしているか、今の太一には興味がなかった。早く帰ってほしくて顔を合わさずにいた。
 そんな太一の期待を裏切るように携帯電話がメールの着信を知らせる。
 面倒くさそうに画面を操作してメール画面を開く。そして本文を見るやいなや、太一は走り出していた。
 エプロンをつけたまま店内へ出ていき、焦って店の外へいく。走りながら近くのコインパーキングへ急ぐ。歩いて数分のところにある場所が遠く感じる。
 太陽の照り返しがひどく、汗が滝のように流れ落ちていく。
 息を切らせて走っていると御堂の後ろ姿をみつけ、叫んだ。
「待って……、待ってよ……っ。御堂さん!」
 アスファルトの照り返しが強く、体力をすぐに消耗させられ数メートルの距離で息切れがする。


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