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kiss kiss kiss

 タクシーの中でスーツの内ポケットより小さなタブレットが入ったケースを取り出し、それを開けると一粒だして口の中に入れた。そしてケースをまた内ポケットに入れた。
 時刻は、まだ午後十時をまわったところだ。終電を逃したわけではないが、タクシーで家路に向かう。電車で帰ったほうが本当は早い。しかしタクシーで仮眠しようと考え、夜の街に目もくれず瞼を閉じた。
 座席のシートに身体を預けたまま揺れる車内で数分間だけ眠る。
 口の中に広がるライムミントの香り。柑橘系のライムの味が強く、ミントは飾り程度で口の中をさっぱりとさせた。
 仕事がある平日でも昼食を食べた後、携帯している歯ブラシで歯を磨く習慣となっていた。時間があるときは、舌も磨く。先週購入したばかりの舌磨きのブラシの感触が気に入り、磨くのが楽しみになっている。
 しかし時間がないときは、ガムやタブレットで代用して口の中の臭いを消していた。口臭の臭いをとるには理由があった。エチケットでただ口に含んだり、磨いたりしているわけではない。
 今夜も接待があった。臭いがきつい料理を食べていなくても自然と臭いを消していた。男で口臭の臭いを気にする人は世の中に多少なりともいる。気にしない人がほとんどだが、気になる相手や恋人が近くにいると口の中の臭いでさえも気になってくる。
 Acquire Associationのオフィスが入るビルへとタクシーが近づくにつれて瞼が開いていた。そして財布から一万円札を取りだして降車する場所まで待つ。だが、唇が寂しい。煙草を吸いたい衝動をどうにか抑えながらネクタイを緩めた。
 信号が赤から青へと変わり、ゆっくりとタクシーが動き出す。街中を抜けてオフィスが入ったビルが建ち並ぶ道を走る。徐々に擦れ違う車の台数が少なくなっていく。歩道を歩くサラリーマンも今日が金曜だからなのか、人影がない。
 行き先を尋ねる以外、一言も話さないままタクシーを運転する運転手。タクシーによっては話しながら運転する運転手も少なくはないが、この運転手は克哉に興味がないのか自分の仕事を全うしていた。
 そして指定した目的地に着いた。オフィスが入ったビルの近くでタクシーは止まり、運転手が計算をし始めたところで克哉はあらかじめ出しておいた一万円札を運転手に差し出した。
「釣りは要らない」
 それだけを言い残しタクシーから降りた。空が厚い雲に覆われ、今にでも雨が降りそうだった。降られる前にと裏手にある裏口へとまわる。通用口は、勤務時間外になると鍵が閉められエレベーターも止まってしまう。
 裏口へといきビルの中へと入った。裏口とだけあって、電気が多少なりとも点いていた。だが、人の気配を感じさせない。時間が時間なだけに警備室以外は、人の出入りがないようだ。そして時間外でも動いている裏口専用のエレベーターに乗り込み部屋がある階を押した。
 遅くなることは御堂に伝えてある。だが、早く帰るとは伝えていない。いつもは、日付が変わる前後にこのエレベーターに乗っていた。今日は、運がいい。
 数秒でエレベーターは上がり、電子音と共に扉が開いた。そしてカードキーを上着の内ポケットから出しながら玄関へと向かう。玄関の明かりが中で点いていないことに気づく。就寝時刻でもないから点けていないのか、今日は点け忘れたかのどちらかだろう。
 カードキーをスライドさせて玄関を開けた。暗闇に包まれていた空間からほんのり暖かみのある明かりが点いた部屋へと景色が変わる。目が慣れないまま靴を脱ぐ。キッチンから洗い物をしている音が聞こえた。
 廊下を歩いてキッチンへいく。そしてチラリと中を覗きみた。腰に巻くタイプの黒いショートエプロンをして後片づけをする御堂の姿がみえた。
「そこで何をニヤついているんだ。帰ってきたのなら、ただいまくらい言えないのか?」
 廊下から覗いていたのに気づいていたのか目もくれずに声だけが飛んできた。
 まさか気づいているとは思わず、苦笑いを漏らしながら洗い物をする御堂へと近寄った。
「ただいま戻りました」
 スーツから部屋着へと着替えた御堂の姿を見ながら、なんとなく新婚気分を味わう。エプロンを身につけているだけで、要らぬ妄想までも呼び寄せた。
「今日は早かったんだな」
 背後に立つと後ろから水仕事をする姿を見下ろす。
「早く帰ってくると不味いことでもありそうな言い方ですね」
 最後に残っていたワイングラスを水で注ぎ、乾いたタオルの上に口を下にして置いた。そして手にハンドソープをつけながら御堂は話を続ける。
「もう喋るな。風呂は沸かしてある。早く入ってきたまえ」
 いつもの御堂らしかぬ言葉に何処か様子がおかしいことに気づいた。
「孝典さん」
 耳元で名前を囁くようにして呼ぶと身体がビクリと揺れ、水で洗い流そうとしていた手が一瞬だけ止まった。しかし、すぐに手を洗い落とし始めた。
「触るな。今、私は忙しい」
 追い出すような言い方をする御堂に話しても埒が開かないと思い、スーツを脱ぎに自室へ行こうと御堂から離れた。
 口の寂しさを早く紛らわしたい。
「待ちたまえ。君は、何を拗ねているんだ?」
 歩みを止めて後ろを向くとシャツの袖を捲った御堂が立っていた。
「どうしてそうなるんですか」
 疲れが一気に身体にのし掛かり、克哉は呆れてきた。忙しいと言ったり、待てと言ったり、御堂が何を言いたいのか見当がつかない。
 その間も、じっと顔を見つめられたまま動かないでいる。オフィスでも顔を今のようにときおり見られているが、深い意味はないようだ。ただ顔を見ているだけだった。
 しかし隙をつかれて唇を奪われていた。触るだけの軽いキス。柔らかな唇の感触が寂しかった口をさらに寂しくさせる。
「子供扱いしないでください」
 眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をして御堂を見た。
「それならまず、その敬語から止めるべきだな」
 勝ち誇ったしたり顔をして見下す。帰ってきたばかりで敬語が抜けずにいるのは、疲れているからではなく自粛しているからだ。スーツを脱げば、自ずと抜ける。そのことに御堂はまだ気づいていない。
 スーツが脱げないまま深い溜息を吐いた。
「こんな事をして、あんたは何がしたいんだ」
 煩わしいくらいに絡んでくる御堂に白旗を上げた。するとそれを狙っていたかのようにキスをされた。
 受け身を取り損ね、棒立ちになったままライムミントの味がするキスをする。
「色気がないな。目は閉じるものだ」
 塞がれるだけのキスから解放されるも嫌味にしか聞こえない。
 キスをしておきながら注文が多い。むしろ色気を今まで気にしただろうか。
 御堂に絡まれていなかったら、部屋で煙草を吸ってのんびりと風呂に浸かっていただろう。キッチンに来てどれだけの時間が経ったか、考えるのも億劫になってきていた。
「俺には必要ない。だが、御堂さんだけは必要だ」
 不服そうな顔をして御堂は目を細めた。
「私は、色気がある君が好きだ」
 その言葉に、ようやく御堂の様子に気づく。どこか違和感を残しながら話す御堂に完全に騙されていた。流し台にあったワイングラスを危うく忘れるところだった。
 今、目の前にいる御堂は、素面ではなく酔っている。本人も気づかないほどの酔いのせいで、いつものワインの蘊蓄よりも質が悪い。
 これ以上、絡まれるのが嫌になった克哉は無視をしながら御堂に背を向けた。そして今度こそ煙草を吸えると思いながらキッチンから出ようとした。
「冗談だ。待て、克哉」
 いきなり後ろから抱き締められた。動くに動けなくなり、舌打ちをした。今日は運がいいはずだったのではないかと自問自答する。
 抵抗をしないまま言葉を紡いだ。
「黙って頭でも冷やせ。あんたは飲み過ぎている」
「わかったような口を利くな。そうさせたのは、誰かを察してから言いたまえ」
 ぎゅっと後ろから抱く腕の力が増して、眉が上がった。スーツに皺が出来るのを気にもしない御堂に、少しだけ考えてみる。
 しかし口の寂しさがわずらわしい。すぐに思考が止まり、キスを欲しがる口となった。煙草よりも御堂とキスがたまらなくしたい。意地を張り続けるのは、時間の問題となっていた。



Fin
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